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福島地方裁判所 昭和38年(ワ)51号 判決

原告 福島交通株式会社

被告 荒川貞義

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和三八年四月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因を次のように述べた。

一、原告会社は、バス及び電車事業を営む交通会社であるが、昭和三六年七月ごろ福島県南交通株式会社(以下「旧県南交通」という。)を吸収合併し、一切の権利義務を承継した。

二、これよりさき旧県南交通は、昭和二九年一〇月二二日福島県知事に対し、郡山駅前広場の道路使用(使用箇所郡山市字燧田一七一番地前広場、使用すべき道路の区域又は面積一六五平方メートル(五・五メートル×三〇メートル)、使用の目的及び事由は公共性ある交通の便益に資するため)に関し、道路使用許可申請書を提出したところ、同年一二月一六日福島県指令計観第五三〇号により次の附款付許可を取得した。

(一)  設置工作物内に切符売場、ベンチ等を設けないこと。

(二)  既設舗装の一部を取りこわすことになるが、補修については、設計書作成のうえ郡山復興建設事務所と打ち合わせその指図に従うこと。

(三)  将来広場管理者の指図のあつた場合は、何時なりとも即時無償撤去のこと。

(四)  構造、位置、その他必要事項は、すべて郡山復興事務所の指図に従うこと。

(五)  (旧)県南交通の占用としないこと。

右許可に基づき、旧県南交通は、昭和三〇年四月九日建築の確認を得て、バスターミナルを完成し、使用目的により右工作物を使用し、現在に至つている。

三、ところが、郡山駅長に外職中である被告は、昭和三七年九月七日ごろ、朝日新聞記者に対し、郡山駅前広場にある原告会社所有のバスターミナルについて、「福島交通に合併された旧県南交通が三〇年四月国鉄、県に無断で、いまのターミナルを作つた」旨虚偽の事実を発表し、原告会社があたかも無断建築にかかるターミナルを使用しているかの如く誹謗して原告の名誉及び信用を毀損した。

四、右のとおり、原告会社は、被告の故意又は過失により名誉及び信用を毀損され、無形の損害を蒙つたので、右損害を金銭をもつて評価した金五〇〇万円及び本訴状送達の日の翌日である昭和三八年四月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁を次のように述べた。

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、請求原因第二項中、原告会社が郡山駅前広場にバスターミナルを設置して使用していることは認めるが、その余の事実は不知。

三、請求原因第三項中、被告が昭和三七年九月当時郡山駅長として在職していたことは認めるが、その余の事実は否認。原告主張の新聞記事は、その表現の体裁からみて、新聞がすでに世間一般に周知の事実を取材し、報道したものであつて、被告の発表にかかるものというのは、全然根拠のないものである。

かりに、被告が、原告主張の如き談話を新聞記者に発表したとしても、本件ターミナルは、原告が国鉄の明確な反対の意思表示を無視して建築したものであることは明らかなところ、右は、国鉄の経営する鉄道事業のための駅前広場の使用に関する事実であつて、まさに公共の利害に関する事実にかかり、かつ駅前広場における旅客公衆の危険を防止し、鉄道事業の円滑な遂行を図ることは、駅長の当然の職務であるから、被告の行為は、専ら公益を図る目的に出たものであることは明白である。それゆえ被告の行為は、この点において違法性を阻却し、被告は原告に対して何らの責任を負わないものというべきである。

四、請求原因第四項はすべて争う。

立証〈省略〉

理由

原告会社がバス及び電車事業を営む交通会社であつて、昭和三六年七月ごろ旧県南交通を吸収合併し、一切の権利義務を承継したものであること、原告会社が国鉄郡山駅前広場にバスターミナルを設置して使用していること、被告が昭和三七年九月ころ郡山駅長の職にあつたことは、当事者間に争いがない。

原告は、被告が、昭和三七年九月七日ごろ朝日新聞記者に対し、前記郡山駅前広場のバスターミナルは、昭和三〇年四月、原告会社が国鉄及び県に無断で作つた旨発表したと主張するので、まずこの点につき判断すると、成立に争のない甲第八号証によれば、なるほど昭和三七年九月七日付朝日新聞紙上に「無断乗入れを実力阻止へ・国鉄郡山駅」なる見出の記事があり、右記事本文中に、原告主張の如き事項が掲載されていることが認められる。しかしながら、本件記事の全体を通読してみると、原告が名誉及び信用毀損に当ると指摘する右の記事が被告の発表によつたものとは解せられないし、又本件全証拠を検討しても、被告の提供した材料に基づく記事であることを肯認するに足りる証拠はない。もつとも、前掲甲第八号証によれば、同記事本文の末尾に続き、これと一体をなすものとして、「荒川郡山駅長の話」なる小見出のもとに、東北急行バスが駅前広場乗り入れを強行するならば、広場の交通マヒをきたすことが明らかであるから、鉄道公安員をバスターミナルに立ててこれを阻止するほかはない旨の記事が被告の談話の形式で掲載されており、被告本人尋問の結果によれば、右談話記事の箇所は、被告がそのころ新聞記者に語つた趣旨と殆んど符合するものであることが認められる。しかして、右の談話記事は、前記本文と一体をなすものであり、右の本文記事の内容を承けて語られた言葉であることが明らかであるから、被告が談話以外の本文中のある部分につき多少の材料を提供しているのであろうことは容易に推測しうるところである。しかしながら、およそ新聞記事は、通常記者がその自由な活動及び判断によつて各方面から取材した結果を編集整理の担当者に送稿し、右担当者の手許において取捨選択が行なわれて始めて記事として新聞に掲載されるものであつて、記事の取材源につき、とくに「何某談」とか「何々の発表によれば」というように断わつて談話ないし発表の趣旨をそのまま報道するような場合は格別、普通の形式の記事については、新聞社の自由な取材活動の結果に基づきその判断と責任において記述し、報道されるものであることはいうまでもない。右のような新聞記事生成の過程からすると、原告が名誉毀損であるとして指摘する問題の記事につき、その材料提供者として被告に不法行為責任を問うためには、まず被告がその材料を提供したことないし唯一の取材源であることが積極的に証明されなくてはならない。本件においてたとえ、「荒川郡山駅長の話」なる記事があつて、その内容が被告の談話と符合するとしても、このことから当然にそれ以外の記事についてまでも、被告の発表ないし提供にかかるものと推認して、被告にその責任を追及することはとうてい許されないところである。

そうすると、被告が原告主張の本件記事と同旨の談話を新聞記者に語つたり、あるいは、その材料を提供したことについて何らの証拠もない以上、右新聞記事が虚偽の事実であるかどうか原告の名誉及び信用を毀損したかどうかの点の判断をするまでもなく、原告の本訴請求は失当というべきであるから、これを棄却するほかなく、訴訟費用の負担につき民訴第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 橋本享典)

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